ホーム > 劇団銅鑼とは

劇団銅鑼とは

人々のくらしに演劇が溶け込み

心豊かな人生の糧となること

ーそれが私たちの願いです

2022年 劇団銅鑼は創立50周年を迎えました。 

 1972年の創立より、私たちは「平和」「人間愛」「本当に人間らしく生きることとは何か」をテーマに創造活動を続けてまいりました。
この間、人々の生活は変わり、世界も大きく変わり続けています。
その中で様々な問題を抱えたこの現代にこそ
本当の「演劇の力」が求められていると確信しております。

 劇団銅鑼はこれからも地域から全国へ、そして世界へ、演劇を通して豊かな文化に触れられる機会を創り続けていきたいと考えています。

どうして「銅鑼(どら)」なの?

 出航の合図として鳴らされる銅鑼。船が大海原に乗り出していくイメージで命名しました。また銅鑼は、新劇の発祥である築地小劇場で開演ベルとして鳴らされていました。

銅鑼の歩み

1972年
鈴木瑞穂・早川昭二など劇団民芸出身者を中心に演劇集団銅鑼を結成。
新劇の発祥である築地小劇場の開演時に銅鑼を鳴らしたことから命名。
出航の合図でもある。鈴木瑞穂が代表に就任。
1973年
杉並区永福町に稽古場を借りる。
第1回公演「二つの月曜日の思い出」を砂防会館ホールにて上演。
1975年
観客の目を通して銅鑼の作品を厳しく「たたいて」もらいたいという願いから「銅鑼をたたく会」が発足。
1978年
No.7「狐とぶどう」にて中学・高校での芸術鑑賞教室としての公演を始める。
1980年
演劇集団銅鑼から劇団銅鑼となる。
1981年
豊島区目白に稽古場を移転。
1982年
森幹太が代表に就任。
10周年記念公演としてNo.12「炎の人」-ゴッホ小伝-を上演。
1985年
板橋区熊野町に稽古場を移転。
1987年
15周年記念公演としてNo.16「燃える雪」を上演。
1989年
板橋区成増に稽古場を移転。
1991年
山田昭一が代表に就任。
1992年
20周年記念公演としてNo.19「センポ・スギハァラ」を上演。
1993年
20周年記念公演としてNo.21「橙色の嘘」を東京芸術座と共同で制作、上演。
1997年
板橋区中台に稽古場を移転。
25周年記念公演としてNo.25「池袋モンパルナス」などを上演。
2002年
30周年記念公演としてNo.30「はちまん」を上演。
2008年
35周年記念公演としてNo.37「はい、奥田製作所。」などを上演。
2012年
全国からのご支援により新稽古場建設。
40周年記念公演としてNo.42「遺骨」などを上演。
2013年
佐藤文雄が代表に就任。
2017年
45周年記念公演としてNo.51「おとうふコーヒー」などを上演。
2021年
横手寿男が代表に就任。
2022年
50周年記念公演としてNo.56「泣くな研修医」などを上演。

 

 

P①2つの月曜日.png

旗揚げ公演『二つの月曜日の思い出』

作=アーサー・ミラー
訳=飯田信之/安住邦夫
演出=早川昭二

1930年代ニューヨーク、自動車部品倉庫の出荷室。労働者たちは、なんのかんのと言いながらも月曜日の朝になれば、この職場にやってくる。明日は誰がクビになるのか?という状態で…。

P③燃える雪.png

創立15周年記念公演『燃える雪』

台本=大峰順二
(及川和男著「村長ありき」より)
演出=早川昭二

「高度成長」の初めの頃。諦めの気持ちと決別し、村長とともに老人医療費の無料化、乳児死亡率"ゼロ"を達成した岩手県沢内村(現・西和賀町)の物語。

P②センポ.png

創立20周年記念公演『センポ・スギハァラ』

作=平石耕一
演出=山田昭一/平石耕一

第二次世界大戦中 多くのユダヤ人の命を救った ひとりの日本人外交官がいた

彼の名は 杉原千畝(ちうね)

P④奥田.png

創立35周年記念公演『はい、奥田製作所。』

作=小関直人
演出=山田昭一

東京は大田区の町工場。頑固一徹の社長(親父)が倒れた‼後を継いだ息子は大改革を宣言。しかし従業員たちは猛反発…。さて、その先に見えてきたものは?!

活動内容

【東京公演・全国公演】

泣くな舞台写真.jpg

創立50周年記念公演『泣くな研修医』

原作/中山祐次郎(「泣くな研修医」幻冬舎刊)
脚本/シライケイタ 演出/齊藤理恵子
 
劇場ホールで創作劇を中心に上演。
全国各地で公演を行っています。
 
◀あらすじ
雨野隆治は25歳。大学を卒業したばかりの研修医だ。新人医師の毎日は、何もできず、何もわからず、上司や先輩に怒られてばかり。だが、患者さんはまったなしで押し寄せる。初めての救急当直、初めての手術、初めてのお看取り。自分の無力さに打ちのめされながら、がむしゃらに命と向き合い成長していく姿を描いていく。

 【青少年に豊かな文化を】

200いのちの花舞台写真②.jpg

『いのちの花』

脚本:畑澤聖悟 演出:齊藤理恵子

原作:向井愛実 著「いのちの花」(株式会社WAVE出版刊)/瀧 晴己 著「世界でいちばんかなしい花 それは青森の女子高生たちがペット殺処分ゼロを目指して咲かせた花」(ギャンビット刊)


 
1978年より全国の小学校・中学校・高校・おやこ劇場などを対象に巡演。これからもすべての子どもたちに演劇を通して豊かな文化を届けていきます。
 
◀あらすじ
農業高校に入学したマナミたちは、ある日、見学に訪れた動物愛護センターで、殺処分された動物たちの骨が「ゴミ」として捨てられていることを知る。
自分たちにできることはないだろうか?

学校公演・芸術鑑賞会のご案内

芸術鑑賞会のススメ

学校での鑑賞会についてご説明しています。


【アトリエ公演】

200P⑦はやたろう.jpg

『語り芝居 はやたろう』

構成=馬渕真希・渋沢やこ


ドラマファクトリーと銘打ち、稽古場(アトリエ)ならではの小さな空間を使い実験的な作品を創作、上演しています。

◀あらすじ
「信州信濃の光前寺、はやたろうには知らせるな」語り・歌・踊りで紡ぐ昔話の世界

【演劇ワークショップ】

200P⑩ワークショップ.jpg

板橋区立仲町ふれあい館講座にて


総合芸術である演劇には表現のするための様々な手法があります。それを活かし、長年にわたり若者自立支援のための社会的包摂事業に取り組んでまいりました。またコミュニケーションワークショップ、クラス劇や演劇部への指導、社会人グループへの講師派遣を行っています。


【バリアフリーサービス】

200P⑪バリアフリー.jpg

舞台説明会の様子


たくさんの方が安心して舞台をお楽しみいただける環境創りに励んでいます。視覚障害者むけの舞台説明会・音声ガイド、聴覚障害者むけに事前上演台本の貸出・字幕サービスなどの他、舞台手話通訳付き公演を行っています。


【地域での活動】

200P⑧人形劇クラブ.jpg

人形劇クラブの活動


本拠地・板橋で開催されるお祭りやイベント等に参加。地元の皆さんと一緒に文化の発展に努めています。地域活動から出発した人形劇クラブは東北被災地へのボランティア活動を行いました。またSDGsいたばしネットワークに参加し、持続可能な社会づくりに取り組んでいます。

その他のコンテンツ

劇団銅鑼 所在地

〒174-0064 東京都板橋区中台1-1-4 地図
tel:03-3937-1101
fax:03-3937-1103    

 
劇団銅鑼
〒174-0064 東京都板橋区中台1-1-4
tel:03-3937-1101/fax:03-3937-1103
Copyright © 2024 DORA THEATRICAL COMPANY.LTD. All rights reserved.
| Web by flowplus | built with concrete5 CMS.(concrete5は Concrete CMS, Inc の登録商標です) | |