
カタクリの花は比較的日光の差す落葉広葉樹林の林床に群生し、早春に下を向いた薄紫から桃色の花を咲かせる。春を告げる「スプリング・エフェメラル」の一つ。
スプリング・エフェメラル(Spring ephemeral)は、春先に花をつけ、夏まで葉をつけると、あとは地下で過ごす一連の草花の総称。
ものがたり
「沢内は、もう、ないのよ」
かつて、老人医療無料化、乳児死亡率”ゼロ”の偉業の金字塔を打ち立てた沢内。
「この町を出て行った者に何がわかる」
幼馴染の言葉が陽子や、西和賀町を出た者の胸を刺した。
「寒くて、雪が積もったって・・・ここがおばあちゃんの死に場所だ。」
山々の自然と、春を予感する風に包まれて、傷つきながらも逞しく生きる故郷の人たち。
岩手県沢内村(現・西和賀町)は、冬は大雪に閉じ込められ、長い間にわたり無医村の状況が続き、村民の生活は貧しく「豪雪」「病」「貧困」の村でした。1957年、村長に就任した深澤晟雄氏は「生命尊重」の理念を掲げ、住民との対話と行脚のもと、様々な困難を克服しながら憲法に基づいた村政をすすめ、1960年に高齢者(65歳以上)の国保十割給付を断行、1962年には全国で初めて乳児死亡率ゼロを達成しました。2005年11月1日、沢内村は隣の湯田村と合併し西和賀町となりました。
「健やかに生まれ、健やかに育ち、健やかに老いる」この旧沢内村の「生命行政」の精神は、今、西和賀町の暮らしの中にあって、保健・医療・福祉・教育など様々な分野で引き継がれ、生かされており、人と人との新たな出逢いも生まれています。しかし反面、廃屋と休耕田が増え、過疎に歯止めがきかない、また、新たな町では人と人との繋がりが薄れてきている現状もあります。
『カタクリの花の咲く頃』は、西和賀町の沢内を舞台にしていますが、日本のあらゆる地域に通じる人々の営みを描いています。
この舞台の登場人物たちは、人生の岐路であったり、歴史を受け継ぎ、守り、発展させることの難しさにぶつかっていたり、進路に悩んだり、新しい命を授かったり、恋をしたり、傷ついたり、この場所でしっかり生きていたりと、紆余曲折しながらも人生を歩んでいる普通の人々です。かつて偉業を成し遂げた深澤晟雄氏のようなリーダーは登場しません。しかし、その普通の人々が、「健やかに生まれ、健やかに育ち、健やかに老いる」町にするため、奮闘します。ひとりのリーダーが指揮をとり町を作るのではなく、そこに住むひとりひとりが、繋がり、話し合い、町づくりをしていく。そんな人づくり、町づくりの物語です。
西和賀町・西和賀町教育委員会・NPO法人深澤晟雄の会・NPO法人輝け「いのち」ネットワーク